ロマンはどこだ

ビジネスや社会のフレームを考えるのが好きですが、きっとそういう話は一切書かずに、ふざけたことばかり言っているのだと思います。

ヒアカムズザヤンキー

「てかさあ、なんでお前が社長やったん?」


同郷のヤンキーがタバコをふかせながら、どうでも良さそうに聞いてくる。
ダブダブのジーンズ、カマキリのようなメガネ、両手にギラつく金銀の指輪。こいつだけはいつ会っても変わらない。
普段から連絡を取るほどの仲ではないが、年の瀬に帰省した時には時々サシで飲みに行く。

「別に理由とかはない。強いて言うなら、お金に一番執着してたからちゃう」

会社を立ち上げた当時の動機を思い出してみるが、あまりピンと来るものはない。ノリと言うほど軽薄なものではなかったが、大きな信念や目標があって起業した訳でもない。
「いやいや、お前向いてないって、そういうの」
「え、なんで」
「自分の卒アル見てみいや。社長になりそうランキング圏外やで」 

卒アル。
果たしてそんなものがあったのかどうかすら覚えていないが、今でも地元を愛しているヤンキーが言うのだから、間違い無いのだろう。
こういう時のこいつは妙に記憶力がいい。

「ちなみに、勉強・運動・大金持ちになりそうランキングは全部1位。それで社長が圏外ってよっぽどやからな」
「え、すごいやん。大金持ちになりそうランキングも1位やったんか」
ゆとり教育と言われていた時代に、そんな露骨な投票企画が行われていたこと自体が驚きだ。
「アホか、優しさも面白さも結婚も全部圏外じゃ。どんだけ中身ないねんて話やで、ほんまに」

それを聞いてもあまり驚かないのは、今年色々と自分と向き合う機会が多かったからだろうか。
数値化できて分かりやすいものこそが全てと思ってしまう節がどうやら自分にはあるらしい。

「てかさあ、お前チャリ部で主将やってた時も死にそうやったやん」
ヤンキーに弱音を吐いたことはないが、付き合いが長いだけあって、大体お見通しらしい。
「あれがあったから社会に出てから、すごく楽になった」
「それは結果論やろ。そもそも何でそんな不毛なことをわざわざ大学でやるん」
「そこしか居場所がなかったから」
「いやいや、意味わからんし。俺が大学行っとったらやりたいこといくらでもあったわ」
ヤンキーは高校を出てから働き始め、年に一度は仕事を変えている。毎年聞くのも面倒なので、いつからか仕事の話はしなくなった。

「体育会的な管理体制を嫌って、世の中一般に楽しいと思われてるものを否定して、俗にいう意識高い系まで馬鹿にしてたら、中々居場所なんかないねん」
「会社も同じか」
「え」
「お前が会社作ったんもそういうことやろ」
あえて難しいことを言って突き放したつもりなのに、即レスがきて驚いた。

「レースで勝ちたいとか、若くして金を稼ぎたいとか言ってるけど、そうじゃなくて自分の居場所がそこしかなかったんやろ」
「それはそうかもしれん」
「で、お前その金はどうすんねん」
接続詞が全く機能していないヤンキーとの会話は、テンポが早くていつも楽しい。
「特に決まってない。また会社立てたり大学行った時のために、適当に運用しとこかな思てる」
「アホなんか、お前は。金は使うためにあるんやろ、手元に置いといてどないすんねん」
「ほなお前やったらどうすんねん」
「とりあえず外車買うて、タワマンに住む。ほんで女とデートしまくる」
「なるほど」
「この街でそれやったら、毎日違う女と遊べるわ」
もちろん共感はできないのだが、最近そういう感覚も理解はできるようになった気がする。

「お前は選択肢が多すぎんねん」
「かもしれん、それを意識して生きてきたからな」
「それが通用するのは大学までや。その後は選択肢が多ければ多いほどしんどいだけや。いつまで選択肢広げ続けるつもりやねん」
こういう時のヤンキーは本当に鋭い。

『何も干渉しないから全て自己責任で考えて行動してください』と言われても、それを活かしきれる人間などごく僅かしかいない。
ならばいっそのこと厳しい前提で管理を受け、行動を制限された方が、むしろ生きている感じがする。
だから、キャンパスライフを全て部活動に費やしたり、構造上搾取されていると分かっていても会社員であり続ける人は多い。


「で、今年はどうすんねん」
「左脳を停止しようかと思ってる、一旦」
「は?」
「今まで固めてきたロジックとかは全部捨てて、右脳に語りかける生き方をしようと思ってる」

これまで仕事において大きな武器となっていたロジカルシンキングと瞬発力をこれ以上磨かないというのが今年の指針だ。
それを磨くことによって置き去りにされてきたものたちを取り戻すと共に、今まで最初から受け入れて来なかったものを一旦受け入れてみる。

「アホにも分かるように説明してくれ」
「ミュージカルとか美術館行ったり、特に目標もなく語学とかボイトレやったり。飯に金かけて。あと服もいっぱい買う」
「なんやねん、それ」
「今までひたすら効率を追求してきて、ある程度行き着いた感はあるから、今年は徹底的に逆張りする」
「ほんまにお前は、中庸ってもんを知らんのか。だからお前は結婚できんねん」
「知ってる」
ヤンキーには付き合って5年の彼女がおり、来年に籍を入れると聞いている。

「今年は熱海行って来たわ」
仕事の話はしないが、毎年彼女との近況報告は欠かさない。
喧嘩は絶えないらしいが、これだけコロコロ仕事を変えて5年続いているのは本当にすごいことだと思う。

ふとラインをチェックすると、半年前に知り合ったベンチャー志向sの大学生から「東京でまた会いませんか」というメッセージが来ていた。
「すみません今、資本主義との戦いは休戦中なんです」と言いたくなるのをこらえて、適当に返事をする。

「けど羨ましいわ。将来の不安とか全くないわけやろ」
「まあ、もともと楽観主義者やから、不安になったりすることは基本ない」
「そういうとこが可愛げないねん」
「それは良く言われる。けど『媚を売っている』て言われるよりは100倍マシやと思ってる」
「いや、もうほんまにそういうとこやって」

せっかくなんで、もう少し素直に生きるなら、今がチャンスなのかもしれない。
一生行くことはないと思っていたディズニーランドにもせっかくだし、今度行ってみようか。


「ほな行くわ。東京砂漠で頑張れよ」
「ああ」

ポン、と1万円札を置いて、ヤンキーは立ち上がった。
本来であれば所得の多いこちらが出すべきなのだが、どんな時でも1万円を置いて行く彼の生き方を尊重して、そのまま受け取ることにする。

ヤンキーの残した吸い殻の煙をじっと見ていると、卓上のスマートフォンが振動し始めた。
妙子だったらいいなと思いつつ、去って行くヤンキーの後ろ姿を眺める。
来年の空模様はどうだろうか。

まあきっと、晴れるに決まっている。はずだ。